ラクロア・アイコンから考えるデザイン

アイコンアーバントライブを購入するにあたり、デザインについてよく考えさせられたので、自分の思考のまとめです。 正しさを主張するものでもなければ、誤っていることもあると思います。考えたことを吐き出したかっただけです。 それだけアイコンからは考えさせられるものがありました。

内容について、思ったままに端的に書いているので、特にアイコンのオーナーの方など、気分を害する人がいるかもしれません。 私の趣味趣向の話なので、悪意はないことをあらかじめご承知おきください。

ベゼルの爪が目立つ

元々、モーリスラクロアのアイコンに対して、実物を確認した上で、私はあまり高い評価をしていませんでした。 「世間で言われるほどの魅力を感じていなかった」がより正しいかもしれないです。

単にルックスが好みではなかったからなんですが、主に特徴的なベゼルの爪に対しての評価です。 ビスでもねじ込みのためでもなく明らかに装飾のためであり、装飾以上の意味を感じないし、 装飾としてはシンプルに華美で、その分かりやすさが安易に思えていました(言葉は悪いですが)。

なんであれば、凸型形状にして最も前面に出る部分に鏡面仕上げを施しているので、 最も目立つ部分で、傷がつきやすく、目立ちやすい、という観点から、むしろマイナスの印象が。

※鏡面部分なんてあらゆる時計にあるし、傷がついていくのがカッコいい、というのは分かります。 なので単に好みでなかっただけなのだと思います。他方で別にかっこ悪いとも全然思っておらず、好きな人はいるだろうなと。

風防を守る合理性はあるか

この記事を執筆している現在で振り返ってみれば、最も守るべきなのは文字盤の視認性で、 それを守るために爪が前面に出ているのだ、とすれば合理性のあるデザインなのかもしれません。

ただ、アイコン(やその起源のカリプソ)はそういった目的を対象に取っているような印象はあまりないですね。 凸状の爪とはいえそれほど大きくせり出しているわけでもありませんし、水平に当たらない限り風防は守られませんから。

絵と額の関係性

一般的なアイコンについてですが、ベゼルが文字盤よりも強い印象を与えるのが気になっています。

一般的なアイコンの文字盤は、クルドパリと呼ばれる類のピラミッド形状を敷き詰めたものです。 また針は細く繊細です。これらと、強く太い印象のある爪とにギャップを感じるのです。

絵を飾るとき、質素な絵に対して、それを上回るような装飾が施された額縁って使わないじゃないですか。 あるいはその逆で、豪華な絵に細く繊細なフレームって使わないじゃないですか。そういう歪さを感じているのです(私は)。

アーバントライブのレビューページにも同様のことを述べていますが、スケルトンは印象のギャップを埋めてきていると感じました。

また、昨今登場したラバーベルトは絵と額の問題をだいぶ解決していると思います。 クルドパリの文字盤と、同じ模様が刻まれたベルトが連続することによって、絵と額という関係よりは、全体を絵にしてしまった感覚ですね。

ラクロアクラブジャパンさんの限定モデルについては、かなりバランス取れている気がします。 サンレイ加工の文字盤と、ヘアライン仕上げのベゼルがマッチしています。クルドパリでない分、ギャップがない印象。 一部クォーツのモデルでもクルドパリでないモデルがありますが、色も含めてこれは好きだなぁと。

そうならなかった理由は、ベルトとの連続性の都合とか加工コストの都合とかあるのかもしれませんが、 ベゼル上面のヘアライン仕上げも、サンレイ加工に合わせて放射状に施したパターンとか見てみたかったですね(フォトショでやればいいんですけど)。

ベゼルとベルトとは並行するか

アイコンはカリプソに端をはするデザインとされていますが、アイコンとカリプソのいずれも、ベゼルとベルトは一体化するようにデザインされています。

実際には、ベゼルとベルトは並行してデザインされたと思うのですが、 特にカリプソについては、ベルトのためにベゼルのデザインを調整してそうな感覚がります。

言語化が難しいものなんですけれども。「ベゼルをこうしたいからベルトはこう」みたいな作り方をしたように見えないというか。 どちらかというと、ベルトに引きずられた装飾に見えるんですよね。これは推察というか私がそう思った以上のものではないです。

コマを2列並べたベルト形状にしつつ、ベゼルとベルトとの連続性、一体感を表すには、こうした爪の形が最適解だったのではないかと。 ベルトが多列になってると華やかですもんね。わずかに生じる遊びの分、フィット感もしなやかになりますし。

ロイヤルオークの完成度の高さ

アイコンのベルトについて考えるとき、回避できないのは「ロイヤルオーク」の存在でしょう。 アイコンがカリプソに端を発していても、意識しなかったとは言わせないレベルだと思うんですよね。

ベルトとケースの連続性を評価するとき、ロイヤルオークの完成度が改めて分かります。

コマを2つ並べたベルトは、どうしても直線的な情報が増えます。 ところが一般的なケースは丸型形状なので、どうしてもベルトと本体との連続性は失われます。 そこに来ての八角形です。円でもなく四角でもなく八角形によって、ベルトとケースの連続性を維持しています。

さらに八角形はしっかり面取り(角落とし)されているわけですが、これは質感向上や当たりの緩和の他に、 ベルトとの連続性を維持するためにも優位に働きます。ベルトはしなやかに曲がり、その側面が露出します。 このとき、ベルトの曲と面取りされたケースの曲とが連続します。ビビるくらい「かくあるべき」なデザインです。見事というしかない。

Gressiveより

実物のようにヘアライン仕上げではなく鏡面にしたかったかどうかは定かじゃないが、ベルトとベゼルに面取りのデザインが施されていることがスケッチからも分かります。

ところで、ロイヤルオークのスケッチを一晩で書き上げたというのは正気かと。まぁ書き出すのは1日でも、頭の中には思考の積み重ねがあったのかろうけれども。 逆にビスの方向をそろえようねって質を向上させていったのは、実際に手を動かしていった職人やプロダクトデザイナー、ブランディングの方々なのでしょう。 天才だけでは成立しないですね。お見事。

「ラグスポ」はメタルベルトが専用か

Cartierより

話の主軸をベルトのまま進行しますが、ここまでベルトについて考えると、 いわゆるラグスポとは「メタルベルトがそのケース専用にデザインされている」ことを条件にしてもよさそうだなと思考が伸びました。 ※これは私がそう思うだけで、実際に定義づけされたものはありませんけども。

言葉のままに「高級であるスポーツウォッチ」だと多くの時計がラグスポに含まれてくるし、何より金銭的価値は人によって様々です。 仮にスポーツウォッチはドレスウォッチではないものとしたとき、ラグジュアリーたらしめる要素は「考え抜かれた専用のデザイン」に寄せられないかなと。

この仮定から考えると、例えばロレックスのオイスターブレスのように、汎用的にデザインされたベルト(ブレスレット)は、ラグスポの定義から外れます。 オイスターブレスはオイスターブレスでスポーツ特化しているところがあるので、否定されたもんではないですがここでは割愛。 あとはグランドセイコーとかも基本デザインが流用される傾向にあるので外れますね。

Bell&Rossより

逆に一般には言われないが、含まれてきそうなのは、サントス・ドゥ・カルティエとか、Bell&RossのBR05とか。

他に「ドレスウォッチでないにも関わらず、仕上げが丁寧にされているもの」などを条件に含めるのが良いと思っています。 ラグスポについて考える余地がアイコンから出たよ、というのが本題でラグスポの条件はそこから外れるので後は割愛。

でもBR05は公式に「アーバン」であるとされていますからね。確かにスポーツウォッチというよりはビジネスウォッチという枠の方がマッチしそう。 どちらかというとGSとかそっちの枠…。難しいですね。

スポーツらしさとは、スペック以外にどう定義できるのだろうか。 カルティエのサントスだって、ルクルトのレベルソだって、元々はスポーツユースな訳で。

現代におけるビス

話を再帰させますが、ロイヤルオークのベゼルのビスについて、現代においては必須でないケースもあると思います。 当時は一定の防水性能を維持するため、あるいはムーブメントをケースに収める都合で必要だったものと思いますが、 現代においてはねじ込みなどの技術が発達しているからです。言葉を変えると他に選択肢があるだろうと。

ビスの観点からすると、私がアイコンの爪に対して疑問を呈したたように、ロイヤルオークのそれは進化して然るべきなのかもしれません。 私が抱えるこの自己矛盾ですが、概ね2つの見解があります。

1つはロイヤルオークがロイヤルオーク然としたビジュアルのために、このビスが必要である、という点。 ビスが必要になるにしたって、円形のビスではなく六角のビスにしてある辺り抜かりなくデザインされているわけですが、 このビスがロイヤルオークらしさを与えることはあると思います。

長くなるので詳細割愛するのですが「そのものらしさ」を与えるビジュアルは、 人に手に取ってもらったり、覚えてもらうのに必要な要素であるためです。

あるいは、絵と額の観点から見れば、ビスがあって初めて調和が取れるということもあると思います。

2つ目は、ねじ込み技術にこだわる必要がない、という点です。技術が発達したからと言って、 ビスにアドバンテージがないわけではないはずなので、1つ目の理由を加味してビス採用はあり得ると思います。

この2つの理由から、ロイヤルオークには依然としてビスが使われているのだと考えています。 装飾としてあった方が良いし、それが留め具としての機能としても使えるので、ビスを採用する、という形です。

サントスとタンクとビス

WebChronosより

カルティエのサントスとタンクについてもビスの話が見え隠れしていそうだなと個人的には思います。

生まれた順序はサントスが先行して、後にタンク、それ以降は創業者ルイカルティエは時計を世に出していないとされています。

サントスは必要性に迫られてビスを使ったものの、審美の都合で気に食わず、 後にビスを(正面から)廃したのがタンクじゃないかなと。

もちろん単に概念としてのアールデコからも丸いビスは邪魔だったんでしょうけど、 構成要素として従来必要がないものを徹底して表側に見せたくなかったんじゃないかなぁって思いました。

まぁそもそもタンクについてはベゼルという概念からない。

やや余談ですが、いずれも四角い時計なので、ベゼルをねじ込む、みたいな形にするのは現代においても結構面倒くさそうです。 できないことはないと思うけど。

ドゥカルティエのベルトも気になる

Cartierより

最後にサントス・ドゥ・カルティエの話に戻そうと思います。これはアイコンのことについて考えるより前、 このシリーズのモデルを検討していた頃からの考えていたことなんですが、ベルトとベゼルのビスのサイズは統一しないのかなと。

ただこれ考えてみると結構難しくて、ベゼルの方を大きくすると、絵・顔の主張が強くなるし、ベルトの方を小さくすると多分だけどチープに見えるんですよね。 現状でかなりバランスはっていると思うんですが、もしかしてこの先、カルティエのデザイナーさんがこの辺のモヤっとした何かを解決してくれることを期待しています。