「事実は小説より奇なり」の最たる例は携帯電話かもしれない

未来都市の携帯電話として描かれる所謂ガラケー

「事実は小説より奇なり」って言葉は良く聞きますが、最も身近な例は携帯電話じゃないかなぁと思います。 現在に至るまでに携帯電話は様々な形に変化し、小型軽量化されていきました。 それこそ昔の人は持ち運びの電話を想像しなかったでしょう。

他にも透視する能力だったり、ほぼ未来予知のような予想・予報もあるわけですが、あんまり身近に感じないですよね。

携帯電話が登場した以降、漫画や小説、SF で携帯電話が描かれてきたわけですが、未来の設定であったり高度な文明を持った設定であっても、 割と「折りたたみケータイ」いわゆる「ガラケー」が描かれていたりします。何が言いたいかと言うと、スマートフォンタイプは描かれていないのです。

多分、小型軽量持ち運び可能でまず初めに一般普及したのはポケベル、次いで PHS、次いでガラケー、スマートフォンと来てるわけですが、 当時の人たちが思い浮かべる「未来のケータイ」は、今その時代に普及している「ケータイ」に引きずられていたりして、 時代が変わった後にその様子を見て、「事実は小説より奇なり」なんだなぁと思った次第です。

まぁ漫画「バクマン」にもありましたが、「よりコンピュータらしく、ケータイらしく」を分かりやすく絵だけで伝えようとした結果、 未来感を薄くし、現在感のある表現になっていることも多々あるのでしょうけども。