その人のことを知りたければ、その人が何に怒るのかを知れ

タイトルの台詞が漫画「HUNTERxHUNTER」(集英社 ジャンプコミックス) に出てきます。 まさにその通りだと、ふとこの台詞を思い出したので今日の話題にしました。 というのも現在、久しぶりに1日やそこらで収まらない怒りに遭遇しているからです。

こういう時こそ冷静に自分のことを振り返ってみるべきだと思いとどまり、書き綴っています。 その人が本当に大事に思っているからこそ、怒るのですから、 「その人のことを知りたければ、その人が何に怒るのかを知れ」は中々合っているんじゃないでしょうか。

何に怒るのか、自分を振り返ってみてはどうか

私の怒りの感情を抱いた発端はこうです。私が善意と事前の合意の下に協力してコンテンツを制作したところ、 協力した相手(の内一名)は「お前(=私が)下手に出ろ」という心構えでいたのです。 そもそも私は話を持ちかけられた側なのに「俺たちのコンテンツを使うからにはそちらが下手に出るのが通りだろう」 と後になって言われた日には、流石の私も怒りを覚えずにはいられませんでした。

今回の件から私が何を考えているかを明確にすると、 私は「複数人で行動するときは相手への尊敬と配慮を忘れるな」と強く考えているようです。 そして暗に、相手にソレを求めています。したがってソレらがない相手に対し、怒りを覚えたようです。

私が時間に厳しいのは、共に行動しなくてはならない時間以外の、相手個人の時間を尊重しているからです。 確かに時間の遅れや粗相が生じることは当たり前に存在し、それが変わらない日常として消化されることもあります。 ただしそれは"気の許せる仲"である場合だけです。"気の許せる仲" というのは、 それ以外の所で尊敬の念を持って接することがあるから、成り立つのであり、 初対面の関係では成り立ちえません。(と私は考えているようです)

振り返った結果から学ぶこと

至極基本的なことになりますが、「人の振り見て我が振り直せ」は正しいのでしょう。 同じことを、相手にしてしまっていると考えるとゾッとします。 また、自分が大事にしていることを改めて確認する良い機会にもなるのではないでしょうか。 怒りの感情は少しでも良い方向に転がしたいものです。

今回の私の件については、どうしたいのか相手に問いただすべきなのか、 それとも私が大人になって(なったつもりで)相手を受け入れるのが良いのか、良く分かりません。 ただ良く分かったのは、コンテンツを作ろう、なんて人間同士は特に癖が強いので、互いが尊敬できないなら共に仕事をするべきではない、ということです。 別に相手の作品を批判することや、自分は受け入れられないと主張すること自体は間違いではないと思っていますし、 共に作業したくないならする必要はないのです。